少人数の葬儀で詰む「受付問題」。誰に頼む?決まらないまま当日が来たら?

葬儀の受付に置かれた芳名帳と筆ペン 葬儀

以前、人手のない家の葬儀で詰むところとして、受付のことを書きました。

今回は、その受付のことをもう少し書いてみます。

親族が大勢いる家なら、受付は誰かがやるものなのだと思います。 悩むことすらないのかもしれません。

でも、親族が少ない家はそうもいきません。

家族葬のつもりで準備していたのに、思ったより人が来る。 そもそも受付を頼める人がいない。 誰に頼むか決まらないまま、当日が来てしまう。

こういうことは、普通にあります。

私はこれまでに5回、喪主側で葬儀を経験しました。 そのうち2回は、受付が決まらないまま当日を迎えています。

それでも、なんとかなることはなります。 ただ、その「なんとか」の中身は、かなり綱渡りでした。

そもそも受付は何をするのか

葬儀場で行う場合、受付は最低でも2人くらいです。 焼香が始まる1時間ほど前に来てもらいます。

記帳の案内をして、香典をお預かりして、帰りの香典返しにつなげるところまでが主な仕事です。

規模が大きくなると、もっと人が必要になります。

以前、会社関係の葬儀を手伝ったことがあります。 親族だけでなく職場の方や知人も大勢来られるので、受付テントに5人ほど並んでいました。

記帳する人と香典を受け取る人を分けて、男性陣は駐車場係。 帰りには香典返しを渡す係もいます。

複数人分の香典をまとめて持って来られる方もいます。 その場合は、預かった人数分の券を渡して、帰りにその人数分のお返しを渡します。

この「まとめて預かる」は、沖縄の葬儀ではよくあります。 受付をやったことがない人でも、券を渡しておけば人数が分かります。 受付の担当者は預かり券を忘れずにお渡ししましょう。

そして、ここで少人数の家が困る理由が出てきます。

近い親族は、読経の間は式場の中にいなければなりません。 つまり受付は、親族ではない人にお願いするのが基本になります。

親族がたくさんいる家なら、従兄弟にお願いしよう、叔父さんに頼もう、で済みます。 親族が少ない家は、その「じゃあ誰?」から始まるんです。

祖母のときは、こじんまりとした家族葬にするつもりでした。 新聞にも告知を出していません。 だから受付が必要になるとは、そもそも考えていませんでした。

ところが当日になってみると、十数人が来てくださいました。 受付台すら用意していません。

どうしようか、となったところで、駆けつけてくれた私の知人が、その場の流れで入口に立ってくれました。 本当に助かりました。

たまたま良かったのは、来てくださったのが祖母の知人・友人で、葬儀慣れした世代だったことです。 皆さん香典袋に住所まできちんと書いてくださっていたので、記帳もほとんど必要ありませんでした。

「火葬場にも行けるなら行くさぁ。」

そう言ってくださるおばあちゃんたちが、移動のバスの空席に乗り込んで、そのまま火葬場へ向かいました。

半日がかりの火葬の間も、親戚のように一緒に過ごして、途中のお弁当も一緒に食べました。

少人数で、と進めていた葬儀社の担当さんも、意外と来られたんですね、と驚いていました。

予想外なことはよくあります。

家族葬だから10人くらい、とこちらが思っていても、故人の人間関係は家族には全部は分かりません。

だから人数も費用も、少し上振れする前提で考えておいたほうがいいのかもしれません。

父のときも急でした。 このときも、受付は事前に決まっていませんでした。

結局、兄の職場の方と、親族以外の方にお願いして乗り切りました。

正確に言えば、すみません受付をお願いできますか、と当日いらした方に声をかけて、その場で担当してもらうという荒技です。

今思えば、褒められた段取りではありません。

でも、これで分かったことがあります。 頼めば、人は助けてくれます。

沖縄の葬儀では、親族でなくても何か手伝おうかという空気が、まだあるように思います。 受付をお願いした方も、嫌な顔ひとつせず引き受けてくれました。

これがユイマールなんだなと、こういうときに思います。

私もそれ以来、誰かの葬儀で人手が足りなさそうなら、できることは手伝おうと思うようになりました。

助けてもらった分は、どこかで返せばいい。 そうやって回っていくものなのかもしれません。

受付とセットで出てくる「誰に知らせるか」

これも、少人数の家にはなかなか難しいところです。

故人のスマホはロックされていて、友人関係がよく分かりません。 とりあえず連絡先を知っていそうな人に知らせます。

すると、その人から別の人に伝わって、聞いたから来ました、と想定していなかった人が来ます。

逆に、葬儀には間に合わなかった友人一同が、後から亡くなったことを知って、初七日に自宅へ来ることもあります。

訃報は、ここまで伝えたら終わり、というものではないようです。 一人に伝えたら、その先にも広がっていく。

家族葬なので参列は遠慮してほしいのか。 知らせた人には来てもらうつもりなのか。 それによって、伝え方も変わります。

親がまだ元気なうちに聞いておけばよかったと思うのは、亡くなったら誰に知らせてほしいか、ということです。

エンディングノートというと、財産や延命治療など、いろいろな項目があります。 でも実際の葬儀で困るのは、こういう人間関係のことだったりします。

スマホのロック解除の方法と、知らせてほしい人の名前。 この2つくらいは、元気なうちに確認しておいてもいいのかもしれません。

それでも、後から知った人が弔問に来ることはあります。

初七日などの法要も、誰か来るかもしれないくらいに考えておくと、少し気持ちが楽です。

受付が決まらないまま当日になったら

私の場合は、案外なんとかなりました。 でもそれは、受付をお願いできる人が、その場にいたからです。

何度やっても、慣れるということがありません。

これから親の葬儀をする可能性がある人は、一度だけ考えておいてもいいのかなと思います。 もしものとき、受付を頼めそうな人は誰かな、と。

親族でなくてもいいんです。 友人でも、職場の人でも、配偶者側の家族でも。

2〜3人くらい、頭の中で候補があるだけで違うと思います。

実際の葬儀で、その人たち全員に頼む必要はありません。 あの人ならお願いできそう、という当てがあるだけで、いざというときの焦りが違います。

もし誰も思い浮かばなかったとしても、そこで終わりではありません。

葬儀社に相談する。 当日来た人にお願いする。 どうしても人手が足りなければ、規模や受付の方法そのものを葬儀社と相談する。

今は昔と違って、いろいろなやり方があります。

親族が少ないから、ちゃんとした葬儀ができない。 そう思わなくてもいいのだと思います。

私自身、5回やっても毎回何かしら想定外のことが起きています。 葬儀は、予定通りにはいかないものです。

完璧な段取りを作るより、困ったときに、すみません助けてください、と言える人を何人か持っておくこと。

今のところ、私にはそれが一番現実的でした。

そして、今度は自分が頼られたときに、できる範囲で手を貸す。

誰にも迷惑をかけないように、とは思わなくなりました。 お互い様で回していけばいい。

5回やって、私はそんなふうに思うようになりました。

※この記事は我が家の経験をもとに書いています。地域・門中・葬儀社によって進め方や受付の方法は異なりますので、実際の葬儀では担当の葬儀社にご確認ください。

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