「これ、どうですかね」
母が年長の叔母さんに味見をお願いしている声を、今でも覚えています。
返ってくるのはいつも「適当でいいさ〜」でした。
その適当がいちばん難しいのに、と子どもながらに思っていました。
結局、我が家のウサンミのレシピは、どこにも残りませんでした。
よく「家庭の味」とか「おばあの味」と言いますが、正直に書きます。
私は味もレシピも、まったく覚えていません。
我が家の台所はいつも張り詰めていて、料理の記憶は嫌な気持ちとセットだからです。
昔は重箱をスーパーで買うものではありませんでした。
三枚肉を炊いて、昆布を結んで茹でて、煮しめて、豆腐を揚げて。
仕込みから始まる重労働です。
盆や正月の前になると、手伝いのことを思うだけで気が滅入りました。
高校生の頃から、昆布を結んで、何かを切って、洗い物をしていた記憶があります。
だから私は、「手作りこそ供養」とは言いません。
作る人が消耗する伝統なら、形を変えて残せばいいと思っています。
沖縄で行事のお供えの用意係になると、避けて通れないのがこの重箱料理、ウサンミです。
お盆や正月には仏壇へ、シーミー(清明祭)ではお墓の前に供えます。
初七日や四十九日などのスーコー、ジュウルクニチー(十六日祭)で用意する家もあります。
そして今は、買っていいと思っています。
カタシーとチュクン
サンエーやかねひで、イオンなどのスーパー、あるいは仕出しで注文するとき、最初に決めるのがこれです。
- カタシー(片方):餅の重と料理の重、一対(各1箱)
- チュクン(両方):二対(各2箱)

使い分けの目安は、集まる人数です。
お盆や大きめの法要でお客さんが多いならチュクン、家族数人で済ませるならカタシーで足ります。
我が家も昔は、母から「今回はチュクンだよ! 一対じゃダメだよ!」と注意されたものでした。
でも今はシーミーもお盆もほぼ家族だけなので、料理7品のカタシーに落ち着いています。
どうせ別にオードブルも用意するので、それで十分です。
もうひとつ大事なのが、量の感覚です。
重箱料理は正直、今の若い人はあまり食べません。
焼菓子や果物のお供えも加わると、持ち帰りが大量に出ます。
食べきれずに腐らせない量。
そこを基準にするのが、結局いちばん誠実だと思っています。
注文するときに伝えること
最近のスーパーは本当によくできていて、少人数用の小さい重箱も並ぶようになりました。
注文のときに伝えておくのは、弔事用か慶事用かです。
同じ年忌法要でも、まだ日の浅い「若スーコー」は弔事用。
何十年も経って、故人の魂は天に還ったとされる節目の法要は慶事用になります。
弔事と慶事では、三枚肉の置き方やかまぼこの種類など、中身の決まりが違います。
ここを注文のときに確認しておけば、あとはお店が正しく作ってくれます。
「並びが違う」と長老に言われる心配は、プロが引き受けてくれるということです。
大きな法要なら、業者に法要のセッティング一式を頼んで、それ用の重箱もまとめて手配してもらう手もあります。
お金はかかりますが、時間と手間はかかりません。
予算と相談で決めればいいと思います。
もう一つの仏壇に供えるとき
親戚兄弟が本土に散らばった家では、沖縄に残った者が仏壇担当になります。
自分の実家のほかに、見る人のいなくなった親の実家の仏壇があれば、お盆にはそちらにも行くことになります。
我が家もそうでした。
そちらは正式な重箱ではなく、小さいお供えセットにしていました。
当日スーパーの惣菜コーナーに単品で並ぶ三枚肉や昆布、豆腐を買って、自前の重箱に詰めて持って行くこともありました。
それで十分成立します。
お盆の日は、実家では来客対応で母が待機して、私たちきょうだいが手分けして各所の仏壇を回っていました。
位牌をお寺に預けていた時期はお寺参りもあって、準備も当日もやることだらけです。
家中がピリピリした、憂鬱な季節でした。
いまは来客も減って、預けていた位牌は永代供養にしました。
回る仏壇は一箇所だけになって、気持ちはずいぶん楽です。
残っている祖母宅の仏壇も、近いうちに永代供養するつもりでいます。
その手続きの一部始終は、片付いてから順を追って書きます。
ウサンミは買っていい。
カタシーで足りる規模なら、カタシーでいい。
分からないことは、注文するときに店の人に聞けばいい。
私はそうやって、少しずつ手を放してきました。
それで困ったことは、今のところありません。
※これは我が家の経験を書いたものです。呼び方も進め方も地域や門中、家庭によって違いますので、ご自身の家のやり方は年長の方に確認してください。
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