旧盆が嫌いな沖縄人も、いる。長女が背負う3日間の重圧と乗り切り方

靄がかかった夜明けの空と海 仏壇・行事

豚肉を煮る匂いと、線香の匂い。

夏休みで家にいたのは私だけでした。母は仕事に出ていて、曾祖母を訪ねて知らないおばあさんが次々にやって来る。たぶん親戚なのだろうけれど、誰なのかは分からない。お茶を出して、下げて、また出す。中学生か高校生か、たぶんその頃です。

楽しくなかった。本当に。

たまに赤ちゃんを連れたおばあがいて、その子と遊べた時間だけが救いでした。

もうすぐ旧盆です。新聞にもブログにも、親戚が集まって賑やかで楽しそうな旧盆が載る季節になりました。それを見るたびに、少し身を縮める気持ちになります。

恐れながら書きますが、旧盆が嫌いな沖縄人も、いると思います。ご先祖様への感謝はあります。ただ、能天気に親戚とワイワイというのが、まったく面白くない。そもそも「楽しく集まる」がなくて、ただその場にいなければならない重圧と、作法の多さと、準備だけがある。精神も体力も消耗する三日間を過ごす家の人間も、確かにいます。私がそうでした。

楽しい旧盆を過ごしている方は、ここから先は読まなくていいと思います。

子どもの頃は従兄弟たちが来て遊んだ記憶もあるので、最初からそうだったわけではありません。ただ親世代の仲が良くない家では日頃の交流がなくて、会うのはスーコーか何かの行事のときだけになる。大きくなるにつれて、親戚との接点はどんどん薄くなっていきました。

叔父叔母や甥っ子姪っ子とワイワイして、BBQにも旅行にも行く。そういう親戚関係が当たり前の環境で育った人には、たぶん想像がつかないと思います。その対極で、ひっそり育つ家もあるのです。仲が悪いのに行事のときだけは集まらなければならない、この組み合わせがいちばん消耗します。

重圧は三日間より前から始まっています。旧暦の七夕、沖縄では墓掃除の日ですが、そこでお墓を清めておくのが習わしで、炎天下の墓掃除からもう旧盆は始まっている。(この話は別の記事に書きます)

ウンケーからウークイまでの三日間、地域によっては四日間、やることは絶えません。仏壇には三度の食事をお供えして、線香は絶やさない。豚肉を煮る匂いと線香の匂いが家に満ちて、親戚回り用のお中元の箱が廊下にずらりと並んで、人の出入りが続いて、買い出しと玄関掃除と来客対応。この空気だけで気が滅入る人には、滅入るのです。

中日、ナカヌヒーにも来客はあります。冒頭に書いたお茶出しは、その日のことでした。

ウークイの晩は、よその家では夜遅くまで宴が続きます。飲んでいるおじさんたちの裏で、深夜まで台所に立っているお嫁さんたち。夫の実家の旧盆が遅くまで続いてつらい、と言っていた友人もいました。ウークイの翌日を休みにしている地元企業があるのは、伊達ではないと思います。

大勢で仏壇の前に集まるウークイは何十年も前に終わって、ここ十数年は近い親戚が十人ほど。それが、コロナで一度、完全に家族だけになりました。

あの年は親戚回りも軒並み取りやめで、本当に静かでした。お供えはきちんとして、でも来客対応がない。私も母も、人生で初めてゆっくり休んだお盆だったと思います。母がいちばん感動していました。何十年も来客をもてなす側だった人の、初めての解放でした。

いまは親戚の往来も少し戻りつつありますが、母も高齢で動けないので、小さく執り行っています。正直、今がいちばん楽で、心地いい。私自身も結婚して「実家にいなくていい」という心の安全基地ができました。旧盆の重圧は、家系の収束とともに軽くなっていきます。

とはいえ兄は未婚のままなので、長女がやることは残っています。

買い出しは前倒しが命

買い出しは前倒しが命です。お茶缶の箱買いと、親戚回り用のお中元は、日程が近づくと混むうえに手頃な価格帯から在庫が消えていきます。我が家のお中元は昔からお米で、沖縄では化粧箱入りのお米が旧盆前のスーパーの季節コーナーに山積みになる、定番中の定番です。

この風習が全国ニュースになったのを覚えているでしょうか。日本中の店頭からお米が消えた米騒動のとき、なぜか沖縄だけは品薄感がありませんでした。旧盆のお中元需要に備えて県内の卸業者が大量の在庫を持つのが毎年のことで、それがちょうど品薄の時期に重なった。観光客が「地元に売ってないから」と沖縄でお米を買って帰る光景まで報じられました。親戚回りの風習が、思わぬところで県民の食卓を守ったことになります。

参考:琉球新報の記事沖縄タイムスの記事(いずれも当時の報道)

重箱とオードブルの予約はもっと早く。「4日前まで」と案内が出ていても、売り切れで予約が止まることは普通に起きます。刺身と、家族用の寿司と、昼の来客用の小さいオードブル、それに茶菓子。

消え物の在庫チェックは1週間前

消え物の在庫チェックは1週間前です。

  • 線香(ヒラウコー)
  • ウチカビ
  • お供え用のお酒
  • ウチカビを焼くときに下に敷く厚手のアルミホイル
  • ライター

この段取りの詳細は長くなるので、別の記事にまとめます。

人数が減ってもお供えの量は減らせない、というのが最後に残る理不尽です。ウークイのあとのお下がり、ウサンデーは折箱に詰めて持たせて、家族だけの年はオードブルの容器に料理も寿司も詰め合わせる。それでもスイカ1個、パイン1個は消費しきれなくて、翌日以降の職場弁当になるのは沖縄あるあるだと思います。

なぜ減らせないかというと、来客の親戚から「ここの嫁はちゃんと供養していない」と思われるからです。母が生きているうち、長老の叔父叔母が来るうちは、この世間体のためにお供えは維持されるのでしょう。最近はそれを見越して、後日ウサンデーや果物を回収しに来る親戚もいるそうです。合理的なような、何かが違うような。

我が家はもう収束期に入って、ずいぶん楽になりました。でも、いままさに最盛期の親戚関係の中にいる長男嫁さんや長女さんがいるはずです。あの三日間の重さは、身をもって知っています。

旧盆が嫌いでも、ご先祖様への感謝とは両立する。私はずっと、そう思ってきました。嫌いなまま、手を抜けるところは抜いて、三日間をやり過ごしてきました。

※この記事は我が家という一つの事例です。地域・門中・家庭によって進め方はさまざまですので、ご自身の家のやり方は年長の方にご確認ください。

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